「教職の働き方」と「民間職の働き方」を比べたとき、皆さんは何を思い浮かべますか?
私のSNSアカウントの、とある投稿にこのようなコメントが付いた。
『教員は失礼ながら世間知らず
厳しいビシネスに身を置いた経験ない方が
ほとんど 保険加入は自己責任で!』
私の返信。
「そういった側面は否めませんね。
ただ、私も教員だったので言えますが、厳しさで言えば民間とは質が異なります。
確かに収入は安定しますが、それに見合わないほど時間と気力を奪われます。
毎日早朝から夜遅くまで、一所懸命教え子のために準備して、精一杯の愛情で接しているのに、でも少し気に入らないことがあれば暴れたり怒鳴りつけたりするような人達がどの学校にもいます。
それを抱え込みながら、他の子ども達に影響しないように、学級や授業が崩壊しないように、毎日神経をすり減らしながら綱渡りしている先生もかなりの数いらっしゃいます。
そうやって疲れ切った毎日の中、ただでさえややこしい保険なんかに目が向きますか?
職員室にやって来た営業に口八丁手八丁やられて、明らかにムダな保険や共済に加入してしまうのも無理はない、と私は思います。
「自己責任」と切って捨てることは、私にはできません。」
『実は私も教職経験あります
養護学校 高校 中学校もちろん正規採用
転職して外資系企業ビシネスの世界に身を置き教員時代の収入安定 犯罪者行為なければ
クビはない世界 一生懸命頑張っても
ノルマ達成出来ないで契約解除(クビ)に
なる同僚も多数いました。 自己責任で切り捨てる!!に違和感? 失礼ながら甘いです
教員の方が…35才で転職して定年までの
教員生涯年収(退職金)まで同額稼ぐ事が
いかに 大変か経験した人間でないとわかりません…厳しさの質が違う…わかります
私も 高校 中学校教員時代 まともに
休んだのは年10日ぐらいでしたから…
今は年収2000万円超える身分になりましたが
期限付きでもよいので教員に戻りたい
57才のオヤジです』
さらに私の返信。
「元教員の方でしたか。
であれば、なおさら先生方のことはよく分かられていると思いますが、その生涯年収を得るまでにそれなりに苦労はされています。
特に30代40代は、業界の人手不足の皺寄せをもろに被って、疲弊し切っている方がとても多いです。
私の見てきた中でも、心を病んで休職したり、担任が足りないところは学級や分掌を掛け持ちさせられたり、いわゆるモンスターへの対応に自分の家庭を犠牲にされている方もいたりしました。
民間もノルマや評価があって、飯を食うのも大変な世界なのは百も承知。ただ、どちらであっても、大変な思いをしながら働いている方がいらっしゃるのは変わりないことだと思います。
そして、大変さの質が違うのだから、そこに優劣をつけることはできないと思います。
犯罪さえしなければクビにはならない、確かにそうです。
ならば、今はどこの自治体も教員不足。
特別免許まで出して、誰彼構わず教員になって欲しいというところもあります。
クビがない世界に今なら誰でも入れますよ。
本当に世間よりも厳しくないのなら、本当に教職を羨まれるのなら、いかがでしょうか?
どちらも大変さがあるのを知った上で、元同僚達を「自己責任」と切り捨てられないことは甘さなのでしょうか?
そして、私が言いたいのは世間と比べて厳しいか否かではなく、元同僚達が損をするような状況に、私は手を差し伸べたい、ということです。」
この一連を通して私が感じたのは、
「どちらも精一杯、自分のやれることを頑張っている。ただそれだけなのに、なぜ人は比較してしまうのだろう」
ということだ。
私はこの人の主張を
・教員は世間知らず
・したがって、損しようがそれは自己責任
・教員は、クビにならない世界でぬるく過ごしている
・民間の世界はもっと厳しい!
・だから教員を甘やかす必要はない!
という風に捉えた。・・・違っていたらゴメンナサイ。
私は元小学校教員。
教員だった頃は、「なんて大変な仕事なんだろ・・・」「給料全然上がらない・・・」「残業しないと教材研究できない・・・」「全然休めない・・・」「モンスター恐い・・・」「研究授業いやだ・・・」「部活なんてやってられん・・・」「飲み会の余興が初任研とか昭和かよ・・・」「校務分掌多すぎ・・・」「なんで他の人の仕事までやんなきゃならんの・・・」・・・etc
不平不満をたれながら、それでも教え子のため、家族を養うため、這いつくばりながら何とかやっていた。
「すごく大変な仕事」という自覚があったし、子どもたちの未来を預かっていることにそれなりの責任を感じながらやっていた。
これ自体は、民間に勤めている方と同じだよね?
確かに「この人、教員としてどうなんだ?」と思う人も、これまで出会ってきた中には何人かいた。
でも、それはごく少数のことで、大半の先生たちが教育に真剣に向き合っていた。少なくとも、私にはそう見えていた。
だからこそ、同僚の先生達のサポートをできる限り買って出ていたし、裏方だろうが何だろうが惜しみなく全力を出し切っていた。
学年の違う2学級を同時に授業したりとか、運動会で砂を噛んで壊れたステレオを修理したりとか、誰かが消しちゃった共有フォルダを遅くまでかかって復旧させたりとか、我ながら「さすがにやりすぎ」エピソードが結構出てくるくらいだから、そこはホントに結構頑張っていたと思う。え?普通?
まあ確かに、なぜそこまでやったかというと、私も過去、先輩方に同じように世話になったから、それを返しているに過ぎないのだ。それを思えば、普通のことかも。
そう、普通のことなのだ。
私の認識では、「先生たちめっちゃ頑張っている!」なのだから、普通に「自分のできることでサポートしたい!“自己責任”と切り捨てたくない!」と思っただけ。
ただそれだけのことをやってるだけなのよ。
そこには、
「民間の人たちよりもタイヘンな仕事だから、優遇されてトーゼン!」
みたいな気持ちは微塵もなく、ただただ“元同僚”の役に立ちたいという思いがあるだけなんです。
この相手の人も元教員ということらしいので、立場は似たり寄ったりだと思うのだけれども・・・
当時の環境が私の環境とかなり違ったのかな?とか、転職後に相当な苦労をされたんだろうな~とか、想像はできるのだけれども、ここまで言わなくてもいいのでは?とい感じました。
「教職の働き方」と「民間職の働き方」。
私は、どちらも大変だし、一所懸命されている方々はホントにすごいし尊敬します。
だからこそ、「収入が安定してる」とか「守られてる」とか、そんな表面的なことで比較してほしくなかったです。
何なら、「教員の収入を時給換算すれば最低賃金を下回る」とか「年収2000万とか、教員の何倍だよ!」とか、他にも民間とは質の違った厳しさがたくさんあります。
どちらも経験されて、そういった事情も知っているであろう方と、このような議論になること自体が少し悲しいな・・・と思いました。
皆さんはどう思いますか?よかったらコメントください。
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